top of page

​かげぼうしはぼんのくれに

概要
季節は夏。じりじりと焼ける暑さに、変化たちは顔なじみの駄菓子屋で涼んでいます。
変化たちは、ここ2、3日、町に人の幽霊が多いことが気になっています。
駄菓子屋のおばあちゃんに聞くと、今は「お盆」だと教えてくれます。
それぞれの家のご先祖様たちが現世に帰ってきているのだそうです。
でも、変化たちが見る限り、駄菓子屋のおじいちゃんは帰ってきていないみたいです。

登場人物
●おばあちゃん
駄菓子屋「おかしのトキタ」のおばあちゃん。変化の存在には気が付いている。
ちょっと忘れっぽいけれど、とってもやさしい。
●おじいちゃん
駄菓子屋「おかしのトキタ」のおじいちゃん。去年亡くなっている。
●おがみさま
尾上山の土地神様。狐の変化。

舞台(私卓用です。自由に設定してください)
●たそがれ町(田初刈町)
山に囲まれた田舎の町。駅周辺は比較的発展しているが、まだまだ自然が多く残る街。
●おかしのトキタ
町の駄菓子屋さん。おばあちゃんがいる。
変化たちは、おばあちゃんのお手伝いをして、代わりにお菓子やアイスをもらっている。
どんな姿でも、動物のまま話しても、おばあちゃんにびっくりされることはない。

 

◆導入
 場所:おかしのトキタ 時間:昼
季節は夏。連日の蒸し暑い天気に、昼も夜も人影は少ない。
ですが、あなたたちはここ2、3日の間、町には人の幽霊が多いことに気付いています。
そして今、あなたたちは、じりじりと焼ける暑さから逃れて、「おかしのトキタ」で涼んでいます。
駄菓子屋の店先には、きゅうりとなすが置いてあります。
<けもの>3以上で、そういえば他のたくさんの家にも同じものがあったことを思い出します。
おばあちゃんに尋ねると、次のことを教えてくれます。
・今は「お盆」といって、あちらの世界にいる家族やご先祖様が、現世に帰ってくる時期であること。
・おきものは、きゅうりは足の速い馬に見立てられ、早くこちらに帰ってこられるように。
 なすは、足の遅い牛に見立てられ、あちらに帰るのが少しでも遅くなるように、また、お供え物を牛に乗せて持ち帰られるように。
 人々の願いが込められたものだということ。
おばあちゃんに、人の幽霊が見えることを話すと、おばあちゃんは冗談交じりに尋ねてきます。
「うちのじいさんも、ちゃんと帰ってきているかい?」
少なくとも店内には、幽霊の姿はありません。
お店によく遊びに来ている変化なら、おじいちゃんの顔を知っているでしょう。
知らない場合は、店内にかかっている二人の写真から、おじいちゃんの顔を知ることができます。
いないようだと伝えると、おばあちゃんは「そうかい...。まったく、どこをほっつき歩いているんだろうねえ」と
笑いますが、少し寂しげに見えます。
「明日にはみんな帰ってしまうからのう。今日どこかで見かけたら、家へ帰るように言っておくれ。
 じいさんとは話したいことがたくさんあるんじゃ」
▼おばあちゃんに、心当たりのある場所を聞く
 「じいさんがいそうな場所かい?...」
 畑、お社、川原と、候補をあげてくれる。どの場所も生前おじいちゃんがよく行った場所。
 ・畑 おじいちゃんがお世話をしていた畑。
    今はおばあちゃんや、変化たちがお世話をしている。
    夏はとうもろこし、トマト、きゅうり、すいかがなっている。
 ・お社 尾上山にあるお狐様のお社。
     おじいちゃんが小さいころから、お狐様とは仲が良かったようで、よく会いに行っていた。
 ・川原 毎日二人でお散歩していた。
▼手当たり次第に探す
 行きたいところがあれば行かせてあげても。
 場所の希望がなければおばあちゃんから思い出話として、いそうな場所を提示してあげてください。

◆町の場面1、2(場面を切り替えなくてもいいですが、3つのうちから2か所行かせてください)
 場所:町中 時間:昼
▼畑
 あまり大きくない畑には、おいしそうな野菜が実っています。
 人影は見当たりません。
 <けもの>5以上で、畑の野菜を食べようとしている動物がいるのがわかります。
 (動物は、参加している変化のいずれかと同じ動物。変化ではない)
 気づかれると逃げようとするが、話しかけられると、変化だとわかって振り向きます。
 誰かここに来たかと聞くと、誰も来てないと教えてくれます。
▼お社
 小さなお社。古いがそれなりに手入れはされているようです。
 人影は見当たりません。
 声をかけるとお狐様(山の土地神様)が出てきます。
 おじいちゃんのことを訊ねると、さっきまでここにいたと教えてくれます。
 二人の話の内容は、事情を説明すれば教えてもらえます。
 「勘助は昔から頑固というか、意地っ張りじゃからのう...。ばあさんに合わせる顔がないのかもしれんのう」
 「ふふっ、わらわから見ればくだらない口喧嘩じゃよ」
 「いや、勘助から聞いた方が良いな。探してみるとよい」
▼川原
 のどかな川原。暑さが少し和らぐ気がします。
 人影は見当たりません。 
 <へんげ>6以上で、近くに河童がいるのがわかります(みずかくれをつかっている)。
 河童は変化たちが見ているのに気が付くと、川面からひょっこり顔を出します。

 変化たちが気づかなければ、いたずらをしてもいいかもしれません。
 誰か来たか聞くと、誰も来てないかもしれないと答えてくれます。
 誰も来ていなさそうです。
 おじいちゃんたちについて訊くと、よくここら辺を歩いていたこと、何度かきゅうりをくれたことを話してくれます。

◆町の場面3(町の場面1、2で行かなかった場所)
 場所:町中 時間:夕方
だんだんと影は長くなり、東の空が暗くなり始めました。
▼畑/川原
 描写は前述。
 一人、ぽつんと立っている人がいます。トキタのおじいちゃんです。
 話しかけると振り向き。変化が知り合いなら挨拶をします。
 「ばあさんは元気でやっているか?」
 「どうせ見えんだろうから、帰っても何もないだろ」
 「嫌いなわけはないだろう。ずっと連れ添ってきたんだ」
 「...名前くらい、呼んでやればよかった」
 けんかの理由は、ちょっとしたことだったようですが、
 おばあちゃんは、長い間名前を呼ばれていないことが悲しかったようで、話がこじれてしまったようです。
 「今更名前なんて呼ばなくても...」
▼お社
 描写は前述。
 社の前で、話している二つの影が見えます。
 <けもの>か<へんげ>5以上でこっそり話を聴くことができます。
 「初盆だというのにばあさんに会いに行かぬのか?」
 「どうせ帰ってもすることもない」
 「後悔しているのなら謝れば済む話じゃろう?」
 「どうせばあさんには見えんし聞こえん」
 「相変わらず意地が張っておるのう...」
 おじいちゃんは家に帰るのをためらっているようです。
 お狐様は、苦笑い。おじいちゃんを諭していますが、なかなかうまくいかないようです。
 「ふむ...やり方はあるのじゃ、あとはお主次第じゃ。のう、そこの」
 お狐様はそういって変化の方をみてにやりとします。
 変化たちが、おばあちゃんの様子を伝えると、おじいちゃんはそうか...とつぶやきます。
 「勘助、いつまでも駄々をこねるんじゃない。腹をくくって、ちゃんとばあさんと向き合っておやり。
  長年連れ添ってきたんだ、ばあさんがお主を思い出すとき、いつも最後のけんかの記憶なんて、お主だって嫌じゃろ」
変化たち(やお狐様)に説得されると、おじいちゃんは「少し時間をくれ」といってどこかへ行ってしまします。
追いかける場合は、<へんげ>6以上で判定します。
二人のけんかがこじれたきっかけは、おじいちゃんがおばあちゃんのことを、もう何十年も名前で呼んでいないからでした。
おじいちゃんは、どんな顔をしておばあちゃんに会いに行けばいいのか分からないようです。
あやまるのも、名前を呼ぶのも、おじいちゃんの性格上、気恥ずかしくてなかなか会いに行く勇気が出ないのです。
変化が声をかけたら、おじいちゃんは必ず、行くというので、お店に先に向かわせて、場面を切りましょう。

◆最後の場面
 場所:おかしのトキタ 時間:夕方
変化たちは、おばあちゃんのお店にいます。
おばあちゃんからは、何も訊いてきません。
変化たちが、おじいちゃんが必ず来ることを伝えると、そうかい...と言って、ただ、静かに座っています。
強い西日が、暗くなった店内を刺すように、照らします。
照らされた場所以外は、だんだん、だんだんと暗くなり、輪郭の境目が付かなくなってくるような気がします。
静かな時間が過ぎていきます。
ふと、気が付くと、入口から長い影法師がひとつ、伸びています。
強い逆光で、顔はよく見えません。
「じいさん...かい?」
「...悪かった、...菊、さん」
「わたしもねぇ、ごめんなさいね、勘助さん」
そう言っておばあちゃんはよたよたと帳場から降り、入口へ歩いていきます。
そして、その人の手を取り、しわくちゃの顔で「おかえりなさい」と一言。
おじいさんは、どんな顔をしていたか、誰にも分りませんが、小さな声で「ただいま」とつぶやきました。
日はいつの間にか沈みかけていて、店内に差し込む光は弱くなっています。
おじいちゃんの体は光を放ち始め、徐々に透けていきます。
おばあちゃんはただただ、それを見つめています。
変化たちには目を赤くして、おばあちゃんの手を取っている姿が見えますが、
おばあちゃんの目には、きっともう、映っていないでしょう。
おばあちゃんは、変化たちの方を向いて、お礼を言います。
「連れてきてくれて、ありがとうねぇ。文句の一つでも言ってやろうかとおもっていたんだけどねぇ。
 名前を呼ばれたらねぇ、全部、忘れちゃったよ。」
「勘助さん、あと一晩だけだけれど、ゆっくり休んで行ってくださいな」
おじいちゃんも、変化たちにありがとう、といいます。
おじいちゃんは、何かが吹っ切れたような、すっきりとした笑顔を向けます。

二人にとって、特別な一日が、終わろうとしています。
言葉なんて交わさなくても、お互いここにいるだけでいいのです。
明日からはまた、町にはいつもの景色が戻ります。
おばあちゃんも、いつも通りの生活です。
でももう、おじいちゃんを思い出して、悲しくなったりすることはないでしょう。
そんな二人と、あなたたちの、お話。

解説

おじいちゃんは、変化とは違う、普通の幽霊です。

最後の場面でおばあちゃんの前に姿を現すときには、お狐様からの≪おくりもの≫を使っています。​

≪おくりもの≫は、通常変化のもつ能力を与えるものですが、

今回は、変化ではないおじいちゃんに一時的に変化する(=人に見える状態になる)力を与えるものとして使用しています。

おじいちゃんとお狐様が一緒にいる場面があった時に、お守り(おくりもの)を渡す描写を入れたり、

お狐様だけのときは、「”おくりもの”をやったからあとはあいつ次第じゃの」のようなセリフを入れると、分かりやすいかもしれません。

このお話は、わたしの祖父母のけんかを元にしています。

何十年も「おい」「お前」と、名前を呼ばれることのなかった祖母は、寂しかったのでしょうか。

いつも穏やかな祖母が、ある日突然「私にはちゃんとした名前があるんです!!!」と祖父に怒鳴り、

名前を呼ばれるまで返事をしませんでした。

祖父が名前を呼ぶのには一週間近くかかった記憶があります。

bottom of page